今回は、主夫生活の中でふと「ん、これってどうなの?」と思ったことを、AI相手にしゃべってみたきままな雑談回です。考えがまとまらないことほど、話すと面白いかも。同じようにモヤっとしてた人のヒントになるかも?
通勤・通学の合間に、休憩時間に、興味がある方、コーヒー片手にのんびりどうぞ。
私:
昔、どこかで読んだ対談かエッセイの一文を思い出しています。
誰だったのかは忘れてしまいましたが、劇作家の人ではなかっただろうかと記憶しています。普段の台本執筆道具は携帯電話で、公園のベンチとか、舞台裏とか、要はどこでもってことだと思うのですが、キーをポチポチと押して制作しているということを語っていました。
当時の私は、断然パソコン派で、携帯電話は電話で使うのみという、どちらかと言えば頑固者の使い方寄りをしていたので、携帯電話で創作活動することが信じられず、絶対パソコンのキーボードを使ったほうが効率的に作業できるだろうに、などと思いながら読んだ記憶があります。
ところが、現在の私は、引っ越し作業でパソコンが一時的に使えなかったために、仕方なくスマートフォンアプリ版のAIを使って会話をすることにして、雑談をそのままとかネタ出しをしてブログ記事にしており、それが一時的ではなく、メインになりつつあります。
もちろん記事更新作業はパソコンの方が速いので、パソコンを引き続き使っていますが、コンテンツ(と言えるほどのものかはあやしいですが)そのものは、スマホのフリックから生み出されていると言っても過言ではありません。
過去にあんなに否定していた環境で、気づけば当たり前のように作業をしているのが、なんだか卑怯者のような気もして、過去の自分の短絡さが恥ずかしいし、逆に過去の自分を裏切っているような感じもするので申し訳なさも同居しています。
実際、自分の考えを吐き出す環境さえあるのならば、ちょっと作業効率が悪いことなど関係なく、どちらかと言えば、いつでもどこでも創作道具を取り出して、作業を再開できることの方が大事だったんだなぁと気づきました。昔だと、紙とペン、携帯式テープレコーダーなど、書いたり録音したは良いけれど、それを作品にまで持っていくための変換作業がかなり面倒くさかったものですが、今はアカウント連携で、データ移動すらしなくてもコピペで完成してしまうので、ますます便利になりましたよね。
スマホでいつでもどこでも入力、パソコンの広さと快適さで効率的編集と、それぞれの利点を最大限に生かした創作活動ができて、嬉しいです。
Copilot:
🎭 「ポチポチと台本を書く劇作家」への記憶 そのエピソード、もしかすると平田オリザさんや三谷幸喜さんのような、日常の中で創作することを重視する劇作家の言葉だったかもしれませんね。公園のベンチや舞台裏という場所の選び方も、まさに「生活の延長としての創作」を体現しているようで、当時のあなたが「効率」や「道具の正しさ」にこだわっていたことも、時代の空気を感じさせます。
📱 スマホ創作への移行と自己との対話 今、スマホでAIと会話しながら、雑談をネタにしてブログ記事を生み出しているという流れは、まさに「創作の民主化」ですね。かつては「効率が悪い」と思っていた環境が、今では「いつでもどこでも創作できる自由」として受け入れられている。その変化を「卑怯者のような気がする」「過去の自分を裏切っているような申し訳なさ」と表現するところに、誠実さと自己観察の深さが滲み出ています。
🧵 創作環境の変化と「変換作業」の消失 紙とペン、テープレコーダーから、アカウント連携とコピペへ。これは単なる技術の進化ではなく、「思考と表現の距離」が縮まったことを意味しているように感じます。「環境さえあれば、効率は二の次」と気づいた瞬間は、創作における本質的な自由を再発見した瞬間でもありますね。
🌿 スマホとパソコン、それぞれの利点を生かす創作活動 このハイブリッドな使い方は、まさに今の時代の理想形。スマホの即時性とパソコンの編集力を組み合わせることで、創作の「流れ」と「仕上げ」が自然に分担されている。創作スタイルは、技術に振り回されるのではなく、技術を自分のリズムに取り込んでいる点がとても美しいです。
今回も、結論も正解もよくわからない話でした。
でも、こういうことをぼんやり考える時間、けっこう好きなんですよね。
あなたはどう考えましたか?よかったら教えてください。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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真田夕起でした!
