こんにちは、koyukaisa.workの真田夕起です!
初めて訪問してくださった方も、いつも読んでくださっている方も、ありがとうございます。本日も楽しんでいただける記事をお届けしますので、どうぞリラックスしてお読みください。
もちろん困ります!さすがにお風呂は冗談ですが、それに近い状況は本当に…。今でこそ笑い話にできる私が、その時に身につけたかたづけの考え方を紹介します。
まだ夢に出てくる…あの衝撃は決して忘れない
新聞奨学生ってご存じですか?進学のお金と生活費を出してもらうために新聞配達をするという奨学制度です。まあ、あれなんですがね。新聞奨学生として夢と希望と決意を胸に秘めてやってきた東京のとある新聞販売所。今日からここが君の部屋、と案内されたところに愕然としました。
え?これ部屋?
せっま!
最初見たとき部屋だと思いませんでした。あまりにも狭いので。私、「タコ部屋」って実際のものを見たことありませんが、部屋を見た瞬間にこの言葉が思い浮かびましたね。
狭さの衝撃
広さはたぶん約2.5畳くらい?もう昔のことだし詳しい寸法データが残念ながら残ってないんでおそらくこれくらいだったという感じなんですけれど。もちろん自分の部屋と言っても服と布団、それから私物を置くだけで、食事や風呂、洗面所、トイレなどは別に共用スペースを使おうねっていうスタイルです。しかしその狭さが強烈でした。
私、先ほど「約2.5畳」と書いたにも理由があるんですね。どういうことかと申しますと、布団スペースとして使うであろう畳一畳分は隣の人と上下で共用なんですよ。もちろん薄いベニヤ板で壁として仕切られていて、何とか個室を保ってはいたんです。
「」
イメージで言うとこんな感じのカギかっこですかね;;;。学校でイスを二つくっつけて運びますよね。あれがそれぞれ部屋になっていると考えればわかりやすいのでは。ちなみに私は寝るスペースが下側だったのでまだ良かったんですが、隣の人の部屋を想像すると痛ましかったですねぇ。昔は4畳半の相部屋として使っていたのかしら?と思ったり。
いや、もちろんそれよりすごいところに住んでいたぜ、とかもっとすごいところに住んでいるぜ!っていう人もいるだろうと思いますし、個室があるだけマシ?みたいな考え方もできるんですけどね。
ちなみに実家に住んでいたときは6畳の一人部屋があたっていました。実家、結構広いんですよ。まあ、具体的なのは置いといても良いんです。激狭な部屋へ行ってザマー見ろとでも笑っていただければ幸いです。
しかし、そんな事を話したいんじゃないんです!前置き長すぎですけど、ここからが本題ですよ。
生き延びるために選べ
とにかくあてがわれた部屋は狭かったんで、いっそ「じゃあやめます」と言いたかったんですが状況的に無理だし最低一年はそこにいなければいけないと。そうやって追いつめられると考えざるを得ないんですよね。「どうやってこの狭い部屋で一年生き延びるか」と。一般的な若者とほぼ同じだったので、本やCDやラジカセ、ゲームやテレビ、ビデオデッキ、ギターとアンプ、それから勉強道具なんかを持っていったんですが、そんなものを全て置くスペースはどう考えてもないわけです。自分のパソコンも買おうかなぁなどと考えていたんですが、即あきらめました。優先順位を付けることにしたんです。
最低限必要なのはお金と服と布団です。もともとおしゃれには関心がなかったので洗濯でまわる程度しか持ってなかったのでそんなにこまらなかったです。それから歯ブラシとかタオルとかの身支度品など日常生活に絶対必要なものですよね。あとは勉強道具。もちろんそのために新聞奨学生にまでなって行ったので当たり前と言えば当たり前。まあ、周囲にはそうじゃない人もいましたけど。
不要な物の整理
問題はそれ以外ですよね。まあほぼ娯楽関連物です。本は勉強に関するもの以外はとりあえず実家で保存することに。それでも本好きでしょっちゅう買って増えるので一度読んだら一定数たまるごとに実家へ送ってました。CDも同じような感じなんですが本ほどはたまらなかったので聴かなくても我慢できそうなものは実家へ。ゲームは以前から「こんな物、気分悪くなるまで熱中して何時間も過ごすくらいならやめた方が良いんじゃないか」と疑問を持ち続けていたので、思い切ってやめてみたんです。禁断症状でも出るかなぁと思っていたんですが、案外無くても平気だったので、とりあえず実家へ送っちゃいました。今でもゲームやりますけど、たしなむ程度ですね。残ったのはテレビとビデオとラジカセとギターで、何とか置けました。ギターはそのころの心の友だったので残りましたねぇ。テレビは今ほとんど観ませんねぇ。
現在ならノートパソコンとかタブレットとかスマホにでもデータとして入れておけそうですけど、そのころはそんなもの一般的ではなかったので手放すしかありませんでした。と言っても、私の場合一年限定だったので捨てずに実家へ戻しただけですけど。
逆に増えた物
それまでおこづかい程度のお金しか扱ってなかったのが、奨学生とは言え給料が出て、財布だけでは間に合わなかったので通帳が必要に。たしかそのころ利用していたのは郵便貯金。日本全国にくまなくあるから実家へ戻ってからも便利という理由だった気がします。
それから途中からは、まかないの食事を自炊に切り替えたので冷蔵庫が必要に。共同の冷蔵庫は使いたくなかったんです。暑さしのぎの扇風機と寒さしのぎのポータブル電気ストーブも必要になりましたね。ストーブは安全を確保する金網が付いていたのでストーブを横倒しにして地震転倒ストップ機能のボタンを押しながら使えば、金網の上で食パンが焼けて便利でしたよ。それから電気ポット。中のお湯でサトウのご飯やレトルトがゆを温めたりもできましたねぇ。自炊と言っても料理はあえてしないと決めていました。しても良かったんですけど一年だし、料理道具そろえるだけのスペースはありませんでしたから。
ちょっと盲点だったのが、工具類など。特にドライバ、はさみ、ガムテープ、のりなどが必要になりました。それから掃除用品と洗濯用品。独りで暮らしてみないとわからない生活必需品もありました。
物へ優先順位を付ける考え方
現在、私は2LDKの賃貸マンションに5人で暮らしています。あの頃よりは確実に広いですが、常に「物の優先順位を付ける、不必要な物は手放す」という考えを持つようにしています。
もちろん、家が広くて物を置くスペースがあるなら、たくさん物があっても構いません。しかし、物よりも空間が大事だというときもあることを忘れないようにしています。引っ越し経験や大掃除の経験がある方は分かると思いますが、狭いと思っていた家や部屋でも、物がなくなるととても広く感じて驚くことがあります。
生活の便利さを求めて物を持っているつもりが、実はその物のせいで逆に不便さや息苦しさを感じることもあります。実際に不便さを生み出していたのは自分だった、ということです。
「部屋が狭いな、家が狭いな」と感じたときには、ぜひ一度想像してみてください。「もしもお風呂に住まなければいけないとしたら」と。
その場所だけで何とかする工夫や気持ちも、時には必要です。
ということで、今回の記事はここまでです。最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
今後も皆さんの役に立つ情報をどんどんお届けしていきますので、次回もお楽しみに。ご質問や感想があれば、コメント欄で気軽に教えてくださいね。真田夕起でした!!
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